コンサート情報

来歴・詳細


吉田 文 Aya YOSHIDA
パイプオルガニスト・教会音楽家

ドイツで19年間にわたり教会音楽家・コンサートオルガニストとして活動。現在はパイプオルガンと教会音楽を軸に、演奏、研究、教育、企画を横断しながら、長い歴史と高度な専門性を持つ音楽文化を、専門家の世界だけに閉じることなく広く社会へ伝える活動を続けている。

【ドイツで学び、教会音楽家になる】

名古屋に生まれる。

幼少期より、オルガニストである母・吉田徳子からピアノをはじめとする音楽教育を受け、その後、ピアノを安藤仁一郎、桐山春美、作曲・音楽理論・聴音を成田剛、兼田敏の各氏に師事。

愛知教育大学附属名古屋中学校卒業と同時に単身ドイツへ渡り、現地の高校に通いながら、パーダーボルン大司教座聖堂オルガニストのヘルムート・ペータース(Helmut Peters)に師事。同氏の常任代理を務め、教会音楽家としての活動を開始した。

17歳で由緒あるパーダーボルン大聖堂オルガンチクルスに抜擢され、O.メシアン《主の降誕》全曲を演奏。同年、飛び級によりケルン音楽大学カトリック教会音楽科へ入学した。

同大学では、パイプオルガン演奏をヴォルフガング・シュトックマイヤー(Prof. Dr. Wolfgang Stockmeier)に、オルガン即興をケルン大聖堂オルガニストのクレメンス・ガンツ(Prof. Clemens Ganz)に、グレゴリオ聖歌をベネディクト会マリア・ラーハ修道院カントールのヴィリブロード・ヘッケンバッハ神父(P. Dr. Willibrord Heckenbach OSB)に師事。

さらに、指揮法をヘンニング・フレデリッヒス(Prof. Dr. Henning Frederichs)、合唱指揮・ルネサンス音楽・教会音楽史をルドルフ・エヴァーハルト(Prof. Dr. Rudolf Ewerhart)、ピアノをフランツエゴン・クラインヨハン(Prof. Franz-Egon Kleinjohann)陳必先(Prof. Pi-hsien Chen)、声楽をアルトゥア・ヤンゼン(Prof. Arthur Janzen)に学んだ。

このほか典礼学、音楽理論をはじめ、ドイツの教会音楽家に求められる広範な専門教育を修め、A級カトリック教会音楽家国家資格を取得した。

ドイツのA級教会音楽家資格は、単にオルガン演奏能力を証明するものではない。オルガニスト、即興奏者、合唱指揮者、典礼音楽の専門家、教育者として、教会の音楽活動全体を担う総合的な能力を求められる専門職資格である。

さらにオルガン専攻を最優秀の成績で修了したのち、Konzertexamen課程へ進み、ドイツ国家演奏家資格を取得。教会音楽家としての総合的な専門性と、コンサート・ソリストとしての高度な演奏能力という二つの領域をともに修めた。

また、シュパイト社でオルガン建造の実地研修を行い、ドイツにおけるオルガン・アドヴァイザー協会主催のオルガン・アドヴァイザー養成課程にも参加。オルガンを「演奏する側」からだけではなく、楽器の構造、音響、設計、修復、新築、設置環境などを含めて考える専門的な視点を学んだ。

 

【教会音楽家として、コンサートオルガニストとして】

ドイツではケルンを中心に教会音楽家として勤務し、典礼音楽、オルガン演奏、合唱指導、演奏会企画などを担当した。

ドイツにおけるカントール(Kantor/Kantorin)は、典礼・礼拝でオルガンを演奏するだけの職務ではない。オルガニスト、即興奏者、合唱指揮者、音楽監督、教育者、企画者として、教会と地域の音楽活動を総合的に担う。

ブクステフーデ、J.S.バッハ、メンデルスゾーンらへとつながるドイツ独自の教会音楽家の伝統の中で、実際の教会現場に長年身を置き、典礼と演奏、教育と地域文化を結びつける経験を重ねた。

2006年にはケルン・聖パウル教会創立100周年の教会音楽フェスティヴァルを総監督。演奏家としてだけでなく、一つの教会を中心とする音楽事業全体を構想し、運営する役割も担った。

一方、コンサートオルガニストとしては、コンツェルトハウス・ベルリンをはじめ、ドイツを中心にヨーロッパ各地のオルガンコンサート、音楽祭に招聘。2000年にはヘッセン州オルガニスト奨励賞を受賞した。

日本においては、1992年秋、愛知芸術文化センターの開館に際し、コンサートホールのパイプオルガン・デモンストレーションに協力。同センターをご視察された皇太子殿下(現・天皇陛下)、秋篠宮同妃両殿下、ロサンゼルス市長らの前で演奏した。

翌1993年以降は、ドイツでの活動と並行しながら、愛知県芸術劇場コンサートホール等で継続的にリサイタルを開催し、独自の選曲や企画性を重視したプログラムを展開してきた。

 

【知られていない音楽を見つけ、演奏する】

録音活動においても、女性作曲家、未完作品の補作・編曲、20世紀以降の教会音楽など、研究性の高い独自のレパートリーを継続して取り上げてきた。

2002年には、ファニー・メンデルスゾーン、ヨハンナ・ゼンフター、ジェルメーヌ・タイユフェール、ジャンヌ・ドゥメシューら女性作曲家によるオルガン作品のみで構成したCDを制作。女性作曲家の再評価が現在ほど広く意識されていなかった時期から、知られざる作品を発掘し、新しい文脈の中で紹介した。

また《Fantasy 1720》では、夫で作曲家・オルガニストのトーマス・マイヤー=フィービッヒ(Thomas Meyer-Fiebig)によるJ.S.バッハ未完作品の補作完成、および無伴奏ヴァイオリン作品のオルガン編曲を取り上げている。

これらは、バッハの作曲技法、対位法、和声語法、オルガン書法への深い理解を基盤に、原典の様式と音楽的思考を尊重しながら、一つの自立した芸術作品として成立させることを目指したもの。CDには世界初録音も含まれている。

これらの録音はドイツの専門誌等でも評価され、発売から長い年月を経た現在も、ドイツをはじめ欧米の放送や配信で取り上げられている。

すでに知られている作品を演奏するだけではなく、その背景を調べ、埋もれた音楽を見つけ、作品や時代の間に新しい関係を見いだし、一つのプログラムとして提示する。

この姿勢は、録音にとどまらず、その後の演奏、研究、企画活動にも一貫している。

 

【オルガンを、専門家だけのものにしない】

一方で、教会音楽やパイプオルガンを「専門家だけのもの」にしないことにも、ドイツ時代から強い関心を持ってきた。

2004年、ケルン・聖パウル教会のOrgelnachtでは、教会オルガンでジョン・ウィリアムズ《スター・ウォーズ》を演奏。この試みは、若い世代や教会と距離のある聴衆へオルガンを開く実践例として、後にドイツのオルガン研究資料でも紹介された。
https://www.walcker-stiftung.de/Downloads/Colloquium_2005a.pdf 23p. 最終検索2026.08.01

クラシック音楽や教会音楽の伝統を尊重しながらも、オルガンという楽器を固定された価値観の中に閉じ込めるのではなく、現代を生きる人々との新しい接点をつくる。

この考え方は、帰国後の活動にも引き継がれている。

2007年には「名古屋オルガンの秋」を立ち上げ、パイプオルガン、教会音楽、声楽、グレゴリオ聖歌などを組み合わせながら、教会という本来の空間の中で音楽を伝える演奏会を継続。

2011年からは愛知県芸術劇場コンサートホールで「パイプオルガン・ブランチコンサート」を企画・開催し、大規模なコンサートホールのパイプオルガンを、特別な人だけが聴く楽器ではなく、一般の市民が気軽に出会える存在にすることを目指してきた。

 

【音楽が止まった2020年に】

2020年、新型コロナウイルス感染拡大によって、演奏会や文化施設の活動が相次いで停止した。

そのなかでも、音楽を人々へ届ける方法を模索した。

緊急事態宣言下には、名古屋市内の教会で無観客によるパイプオルガン演奏を行い、オンラインを通じて発信。「普通に戻れる日を信じつつ、できることからやろう」と、演奏を続けた。

そして同年6月10日、休館を経て再開した愛知県芸術劇場コンサートホールで、再開後最初となるコンサートを開催した。

「パイプオルガン・ブランチコンサート」として客席を100席に限定し、座席間隔を確保するなど、当時模索されていた感染対策を講じながら生演奏を再開。約3カ月ぶりに同ホールへオルガンの響きを戻した。

この公演は、文化活動再開の動きとして新聞各紙でも取り上げられた。

平常時だけではなく、社会の状況が大きく変化したときにも、その時に可能な方法を考え、音楽と人との接点をつくる。

それもまた、吉田の活動に一貫する姿勢の一つである。

 

【研究を、演奏会にする】

演奏活動と並行して、音楽を歴史、宗教、文学、思想、身体表現などの広い文化的文脈から捉え直し、その研究から一つの演奏会そのものをつくる試みを続けてきた。

その代表的な成果の一つが、あいちトリエンナーレ2016舞台芸術公募プログラムとして採択された《Homo Orans et Harmonia Mundi ―祈る人、そして世界の調和へ―》である。

同年の芸術祭が掲げた「創造する人間の旅」というテーマに対し、「人間の創造の歴史は、祈ることから生まれたのではないか」という問いを立て、「Homo Orans=祈る人」という視点から公演全体を構想した。

ここでいう「祈り」は、特定の宗教に属する人だけの信仰行為ではない。

人間が目には見えないものに問いかけ、「こうであってほしい」と願い、自らの存在や生死、社会や世界について思いを巡らせる。その行為そのものを、人間の想像と創造の源の一つとして捉えた。

そこから、キリスト教において祈りの楽器として長い歴史を持つパイプオルガンを中心に据えながら、「祈り」をキリスト教の内部に閉じることなく、異なる地域、時代、宗教、文化へと広げる構想が生まれた。

公演では、グレゴリオ聖歌、J.S.バッハ、ヴィエルヌ、メシアン、現代委嘱作品とともに、アボリジニの言葉、マヤ文明、ヨハネ福音書、日本最古級の日本語聖書であるギュツラフ/山本音吉訳、『古今和歌集』仮名序、アステカ神話、ウパニシャッド、シェイクスピア、ゲーテなどを横断。

それらを単に「多文化」として並べるのではなく、「祈り」「言葉」「歌」「響き」「創造」「調和」という共通する思想によって結びつけた。

舞台にはパイプオルガンのほか、ソプラノ、ピアノ、グレゴリオ聖歌、朗読、コンテンポラリーダンス、造形作品、衣装、照明を導入。吉田自身がパイプオルガン演奏と企画構成を担当し、作品とテキストの選定、作曲家への新作委嘱、異分野の表現者との協働を通して、研究・構想・演奏を一つの舞台芸術へと結びつけた。

吉田にとって、研究とは論文の中だけに存在するものではない。

資料を調べ、異なる時代や文化の間に新しい関係を見いだし、問いを立てる。その問いを選曲、委嘱、プログラミング、舞台構成、そして自らの演奏へと変換し、最終的には聴衆が耳と身体で経験できるものとして提示する。

研究から演奏が生まれ、演奏そのものが研究成果を社会へ伝える場となる。

 

【2002年から2025年へ―変わらない方法】

2015年には吉田文パイプオルガンリサイタルにより、名古屋市民芸術祭特別賞・音楽部門「企画賞」を受賞。

2021年には、長年にわたる演奏活動とともに、「名古屋オルガンの秋」「パイプオルガン・ブランチコンサート」などを通じて名古屋のオルガン文化の形成と普及に寄与してきた活動に対し、名古屋市芸術奨励賞を受賞した。

2025年には《The Leipzig Connections 1908 ―風琴浪漫の知られざる英雄たち―》により名古屋市民芸術祭賞を受賞。

同公演では、後期ロマン派の知られざる作品を発掘。演奏そのものに加え、作品やその背景に対する緻密な研究、その成果をプログラム冊子やトークを通して一般の聴衆へ伝えるところまでを、一つの演奏会として構成した。

2002年の女性作曲家によるオルガン作品集。
《Fantasy 1720》。
2016年の《Homo Orans et Harmonia Mundi》。
そして2025年の《The Leipzig Connections 1908》。

取り上げる作品もテーマも異なるが、そこには一貫した方法がある。

すでに評価の定まったレパートリーを演奏するだけではなく、自ら調べ、問いを立て、埋もれた作品や思想、歴史的なつながりを見つけ出し、それらを演奏会という新しい文脈の中で提示する。

なぜこの作品が生まれたのか。

どのような時代や宗教、社会の中で響いていたのか。

なぜこの楽器で演奏するのか。

異なる文化や思想の間には、どのような響き合いが存在するのか。

そして、その音楽を今を生きる人々へ、どのように届けるのか。

こうした問いを一つの演奏会の中で結びつけることが、吉田のプログラミングの大きな特徴となっている。

 

【教育―専門性を下げずに、入口を広げる】

教育者としての活動も、その考え方と深く結びついている。

大学では、パイプオルガン、グレゴリオ聖歌、教会音楽に加え、保育者養成における「表現」の教育にも長く携わってきた。

准教授として勤務した名古屋女子大学では、保育内容「表現」、「保育の表現技術」、音楽演習などを担当。

音楽を専門としない学生やピアノを不得手とする学生を含め、「正確に演奏できること」のみに価値を置くのではなく、一人ひとりが持つ感覚や想像力から、どのように音や表現を生み出すことができるのかを研究・教育した。

その成果として、「子どもの表現活動を育む即興演奏の方法」をテーマとする研究を継続し、絵本などを手掛かりとして即興演奏を生み出す方法についても提案している。

そこには、ドイツの教会音楽教育の中で培った「即興」という高度な専門技術を、専門家だけの技術にとどめず、子どもや保育者の「表現する力」へと翻訳しようとする考えがある。

また、音楽文化を歴史や社会の中で捉える研究にも取り組み、グレゴリオ聖歌が時代や文化を越えて別の音楽作品へと受け継がれていく過程、近代日本における女子教育と音楽活動などについても研究を行ってきた。

一方、社会人を対象とした生涯学習にも長年携わっている。

南山大学エクステンションカレッジなどでは、パイプオルガンやグレゴリオ聖歌の講座を担当。楽器経験の有無にかかわらず、本物のパイプオルガンに触れ、その歴史、構造、作品、演奏を総合的に学ぶ場をつくってきた。

グレゴリオ聖歌についても、単に旋律を歌うことにとどまらず、典礼、歴史、ラテン語テキスト、西洋音楽史との関係まで含めて伝えている。

近年は15世紀スペインの聖歌写本など歴史資料を実際に読み解きながら演奏へ結びつける試みにも取り組み、一般の学習者と専門的な研究・実践との間に新しい入口をつくっている。

その対象は、音楽大学の学生、オルガニスト、教会音楽家、保育者を目指す学生、社会人、アマチュア奏者、そして初めてパイプオルガンやグレゴリオ聖歌に出会う人まで幅広い。

専門家を目指す学生には、高度な演奏技術と音楽的思考を求める。

一方、初めてパイプオルガンに触れる人には、「自分にも弾くことができる」という経験そのものを大切にする。

専門性そのものを下げるのではなく、そこへ入ってくるための入口を広げる。

それが、吉田の教育活動に一貫する考え方である。

 

【教会と社会、歴史と現代のあいだで】

こうして活動を振り返ると、一見すると異なる仕事の間に、ドイツ時代から現在まで続く一本の流れが見えてくる。

教会音楽は、単なる演奏ジャンルではない。

オルガンは、単なる巨大な鍵盤楽器ではない。

そして音楽は、正解を再現するためだけのものでもない。

音楽は、人が感じ、考え、問い、祈り、表現し、他者と出会うためのものでもある。

教会音楽家としての実践。
コンサートオルガニストとしての演奏。
オルガンという楽器そのものへの専門的な知識。
研究。
教育。
演奏会の企画。
現代芸術や異分野との協働。

一見すると多岐にわたるこれらの活動は、実際には、

「長い歴史と高度な専門性を持つ音楽文化を、現代を生きる人々へどのように手渡すか」

という一つの問いにつながっている。

ヨーロッパの教会音楽文化をその土地で学び、実際の教会で長年その責任を担った経験を持ちながら、その伝統を単なる権威として提示するのではなく、現在の日本社会の中で新しい意味を持つものとして伝えること。

歴史的作品を保存するだけではなく、そこから現代に向けた新しい問いを生み出すこと。

高度な専門性を持ちながら、その専門性によって人との距離をつくるのではなく、むしろそれを使って、より多くの人が音楽へ近づくための入口をつくること。

専門家と一般の聴衆。

教会と社会。

歴史と現代。

研究と演奏。

教育と表現。

西洋の教会音楽と、日本を含む異なる文化。

音楽と文学、舞踊、美術、思想。

その間を行き来しながら橋を架けることが、吉田文の活動の核となっている。

 

【現在】

現在もパイプオルガニスト、教会音楽家として幅広い演奏活動を展開している。ソロ・リサイタルに加え、声楽家、合唱団、オーケストラ、器楽奏者との共演も多く、中部地方を中心に、宗教曲、合唱作品、声楽作品、室内楽、現代作品など多様なジャンルで演奏を重ねている。さらに、コンテンポラリーダンスや朗読、舞台芸術など異分野との協働にも取り組み、パイプオルガンをさまざまな表現と結びつけてきた。
演奏活動と並行して、大学および生涯学習機関等において、専門教育から一般市民を対象とした生涯学習まで幅広く教育に携わるほか、演奏会企画、教会音楽研究、パイプオルガン文化の普及活動も継続している。

准教授として勤務した名古屋女子大学では、領域「表現」、「保育の表現技術」等を担当し、2023年3月に退職。

現在、名古屋音楽大学、金城学院大学でパイプオルガン、南山大学で典礼音楽、音楽「ミサ曲」等(2026年度のみドイツ学科科目も含む)を担当。さらに、南山大学エクステンションカレッジ(パイプオルガン、グレゴリオ聖歌)、NHKカルチャー名古屋教室(教会音楽)講師として、教会音楽とパイプオルガンを広く社会へ伝えている。

「名古屋オルガンの秋」主宰。

日本オルガニスト協会、日本オルガン研究会、日本音楽学会、日本賛美歌学会会員。

2015年度 名古屋市民芸術祭特別賞・音楽部門「企画賞」
2021年度 名古屋市芸術奨励賞(音楽・パイプオルガン)
2025年度 名古屋市民芸術祭賞・音楽部門
ほか受賞。